【TAO】成功者が知られたくない「光と闇」

この記事を書いている人
気づいたら坊主くん。

こんなヤツ見たこともない方、コチラのプロフィールを参考にしてください。

変態プロフィール 
被害者の声

こんにち和。西野です。

僕は普段セミナーやコンサルティングという職業がら、
たくさんの方の相談に乗ります。

そして、毎日メールをもらいます。

すると、

「こんなに良いことが沢山起きました!」

というメールをいただく一方で、
落ち込んだり、傷ついたり、
全てを投げ出したくなることを経験した、という方もいます。

まさに陰陽の法則です。

でも、

「最近ぜっんぜん病むなんてないね、もう意味が分からない」

と言っている人もじつは、

『ただその部分を見ないように目を背けているだけ』

なのです。

むしろ、闇(病み)のない人なんて、
この世には存在しません。

必ず「闇」は存在するのですね。

これは、映画ボヘミアン・ラプソティを
ご覧になった方は十分ご納得いただけるかと思います。

あの大成功して「羨ましい」と思われる人たちですら、
その中に闇と葛藤を抱えているのです。

ですから、いっつも元気にしている人だって、
生まれてから死ぬまでずーっとその状態だった、
なんてことはあり得ないわけです。

いつも明るく元気にしている人も、
必ずオフの状態があり、闇の部分はあります。

それは、僕の周りにいる“ビジネスで”成功している人たちも、
みんな例外なく「闇」の部分を持っています。

ある人は、結婚しているのに、
どうしても他の女性にばかり目がいってしまうという。

ある人は、自分の心に迫り来る何かが分からず、
その不安や焦りを“ごまかす”ために、常に予定を埋めたり、
キャバクラ行って呑んだくれて、という生活。

僕はこれまで、いわゆる“成功者”と
呼ばれる人たちを沢山みてきました。

ですが、みんな何かを心に抱えていて、
それを見ないように、ごまかすようにしているだけでした。

お酒に溺れてしまう、というのも、
その自分の「闇」の部分に
押し潰されそうになるのが耐えられないからです。

常に誰かと一緒にいないと、
大勢でいないと心が落ち着かないという人は、
孤独という闇に耐えられないのです。

だから、今の時代、いわゆる「インスタ映え」
と呼ばれるものもありますが、

あれも要するに「闇」の部分をごまかすために、
みんなから沢山イイねをもらって快感を得ているのです。

あの「イイね」というのにも実は依存性があって、
とても刺激の強いものです。

ですから形は違えど、
お酒やドラッグと同じ刺激があるのです。

例えば、イイねを沢山もらうことに快感を感じている人は、
そのイイねが減っただけで病んだりします。

「自分のことを誰も見てくれなくなるんじゃないか…」

とか言ってね。

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 闇を消すことなどできない
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まぁ何が言いたいかというと、

【『闇』を消すことなど誰にもできない】

ということ。

なぜ俳優やアーティストが
ドラックに走りやすいかというと、
その闇に押し潰されそうになるからです。

僕自身、10代の頃にクラブに入り浸って、
ドラッグでキマリまくっていました。

その世界から抜け出すことは、
本当に苦労しました。

完全に依存していたのです。

いわゆる「現実逃避」というやつで、
キマってないと居られない状態でした。

そう、本当はやらなくてはいけないこと、
分かっているけどできないこと、
手を汚して稼いでいたこと、

そういう色んな罪悪感や恐れというものが『闇』となり、
みずからをどろ沼に追いやっていたのです。

ですが、こうして生まれ変わった今、
特に感じていることは、

『闇から目を背けてはならない』

ということ。

当然、今の僕にだって『闇』の部分はあります。

光る部分があるのなら、
そこには必ず影ができます。

ですが、そこを見て見ぬフリして、
無理やり押し殺して酒や女に溺れたり、
動物欲のままに生きようとは思いません。

僕が変わったのは、

「闇との付き合い方」

です。

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 大先輩からの教え
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そもそも、闇というものは
誰にでもあるのであって、

「それが自分だけである」

とは思わなくなりました。

昔は、

「なんで俺はこんな辛い目に…」
「なんで俺ばっかこうなんだよ…」
「いっつも上手くいかないじゃん」

とばかり思っていました。

が、むしろほとんどの人が
同じようにそう思っています。

そして僕はある人生の大先輩に、
こんな言葉をいただきました。

『病むことは神から白紙の手紙を頂いたのじゃ。
それを心して読むこと。ありがたき神さんからの手紙だぞ』

・・・

この言葉に、僕はどれだけ救われたことか。

この言葉をいただいてから僕は、
この自分の中にある「闇」との付き合い方が変りました。

むしろ「感謝」するようになったのです。

闇というのは誰にでもあって、
その部分と向き合って乗り越えていくことにこそ
魂の成長というものがある。

そう思うようになったのです。

だから、もし病気になったり心が病んだりしたら、
それは「神さんからの白紙の手紙をもらった」ということ。

その手紙をどう読むかは、
全て自分のミタマの磨かれ具合。

「クッソ!ふざけんじゃねぇ!」

と読むのか。

「あぁ、もう自分は終わりなんだ」

と読むのか。

それとも

『大変貴重な手紙をありがとうございます』

と読むか。

それは全て、自分次第です。

そして、本当に大切なのはここから。

『その闇をちゃんと受け入れたうえで、
常に視線を光のほうへと向ける』

ということ。

これは「闇を見ないようにする」のとは
意味が全く異なります。

そして同じ大先輩から教わったことに、
こんな言葉もありました。

『人間を幸福にするのは心の向け方一つであるぞ。
人間はいつも善と悪との中にいるのであるから
善のみと云うこともなく悪のみと云うこともない』

本当におっしゃる通りだと思います。

人間は常に、どの瞬間だって、
善と悪・光と闇の中にいます。

そして、どっちの世界で生きるかは、
全ては心の向け方一つ。

闇というものは誰にでもあって、
その闇を「闇」と捉えるから闇になる。

善のための悪だと理解する。

それこそが、一大事だと思うのであります。

ということで、本日は以上です。

ありがとうございました。

弥栄ましませ

西野ゆきひろ

 

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