【清心洞察記 .8】『HiGH&LOW THE WORST X』観てきた。

『清心洞察記』とは

これから、少しでも時間が出来た時に、

まるで自分のメモ書きのように、

心を清めていくための観察、問答、洞察、を

あるがまま、歯に衣着せず、自然に任せて書き記していこうと思う。

 

あくまで、自分のメモや日記のような立ち位置で、

それを他の人も読める、というようなものであるため、

敬は省略してあることを、予め記しておく。

 

本日

最近公開された映画

『HiGH&LOW THE WORST X』

を映画館で観てきた。 

 

 

ここ連日、

師匠〝北極老人〟の話題は

『HiGH&LOW THE WORST X』

で持ちきりだ。

 

この映画は

いわゆる不良映画というもので

派手な殴り合いやアクションシーンが

目立つ作品だ。

 

師〝北極老人〟は

このシリーズがお好きだ。 

 

もしかしたら

『ゆにわ』を知っている方であれば

「え、、北極老人こういう映画が好きなんですか・・?」

と意外に思われるかもしれない。

 

しかし

いわゆる不良系、アクション系、

それらが好きというわけではない。

 

このシリーズの作品は

ボクらの人生において

非常に重要な「教え」が学べるという。

 

ちなみに

3年前の〝北極老人〟のお誕生日には

この『HiGH&LOW』のパロディ映画を

自分たちで作ってプレゼントさせていただいた。

 

そのときボクは

九龍会というヤクザの一員として

出演させてもらった。

(両腕に和彫りが入っているため) 

 

このパロディ映画が

とにかく「遊び」を超えている。

 

みな昼間は普通に仕事をしながら

寝る時間を惜しんで

台本

衣装・メイク

本格撮影 

動画編集

など・・

 

いわゆる

仕事さながらの「本気」なのだ。

 

そのために髪型を変えたり

撮影許可をもらって外で撮影したり

もう、映画制作そのものである。

 

もちろん

『師匠〝北極老人〟に喜んでもらいたい』

その一心であり

完全に身内ノリである。

 

何も知らない人が見たら

なんのこっちゃない。

 

それでも

総勢100名近くの

『ゆにわスタッフ』が

全力で作り上げたものである。

 

エネルギーが詰まっている。

 

これは非常に良い思い出であり

こういう体験こそが人生において必要なのだろう。 

 

まさに

『ゆにわ』は

「仕事」と「遊び」を分けない。

 

どちらも「本気」であり

どちらも神様に降りていただくため

神様が思わず遊びに来たくなる

そのためにやっている。

 

だから

神様にお仕えする人間にとっては

「ワーカホリック」という言葉は

当てはまらない。

 

息を吸って吐いている間は

全部が繋がっているのだ。

 

これが本来の人間の姿である。

 

仕事とプライベートなど

オンとオフをはっきり分けるのは

西洋文化だ。

 

本来の日本人にはない。

 

仕事も家事も勉学も

みな御魂磨きである。

 

しかし昨今、

旧統一教会の問題もあり

よくメディアに出ている言論人はみな

政治と宗教の分離を訴えている。

 

そのように

メディア全体で扇動(せんどう)を

掛けている。

 

しかし・・

 

政治がカルトを利用し

カルトが政治を利用する

という構図は論外だが、

 

政治と祭り事を意図して分けてきた

近代合理社会は限界が来ている。

 

近代化とは「分断化」と

言い換えても

全くの見当違いとはならないだろう。

 

なぜなら

資本主義はゼロサムだからだ。

 

つまり

誰かが「得をする」ということは

誰かが「損をする」ということだ。

 

資本主義は格差を生む、

つまり分断を生む。 

 

それ以前の日本は

「祭りごと = 政治」

であった。

 

つまり

政治という仕事は

祭り事という宗教性(民族性)の

土台のうえに成り立つものだ。

 

それを無理やり分断するから

自己を見失い

盲目的に米国追従しかできない

弱小国家へと成り下がったのだ。

 

・・・と

話を本題に戻す。

 

今作の『HiGH&LOW THE WORST X』を

神様に仕える人間は、どう見たらいいのか? 

 

その『教え』は

たくさんあるが、、

 

〝北極老人〟が言っていた

一つの大事なメッセージは・・

 

『No.2の美学』

 

である。

 

これは

今作にかけた

制作側の思いでもあるそうだ。

 

今作は

新たな高校も増えて

6つの高校が出てくる。

 

もちろん

No.1は目立っているのだが、、

 

鬼邪高なら轟(とどろき)

鳳仙なら小田島(おだじま)

鈴蘭なら真志井(ましい)

そして

三校連合なら須嵜(すざき)

 

それぞれ  

No.2にスポットライトが当たっている。

 

個人的には

前作でもそうだが

鳳仙の小田島が推しダス。

 

フツーにイケメンであり

あのキャラの雰囲気もいい。

 

それは置いといて、

〝北極老人〟からも

「全員がNo.2になれることが大事」

と教わっている。

 

もちろん

No.2は全体のことを

把握していないとできない。 

 

No.1を立てながら

即座に判断し全体を守る。

 

自分が目立とう、とか

No.1になりたい、とか

そういう自意識はいらない。

 

そもそも

日本国民は

『No.2の美学』

を持つ民族である。 

 

たしかに

現実的には総理大臣が

トップだと思われているかもしれない。

 

しかし

日本のトップは天皇である。

 

ここでは

「政治的発言件はないじゃないか!」

などという愚論はいらない。

 

発言権がなかろうと

事実として

天皇のもとに日本国民がいる。

 

また

その天皇でさえ

その上には神様がいらっしゃる。

 

天皇は国民に代わって

神様を立て祀(まつ)られる

祭事を奉(たてまつ)る役を担われている。  

 

まさに『No.2の美学』である。

 

西洋からきた

自分至上主義に侵された

現代日本人に今一番必要なものだ。

 

神様のもとにおいては

人間は全員がNo.2である。

 

己を掛け替えのない仲間に捧げる美しさ。 

 

その美学を学ぶには

今作はもってこいだ。

 

ゆきひろ