なぜ人は悪口を言うのか?悪口を言う人の恥ずかしい心理

こんにち和。西野です。

誰かの悪口を言う。

これは誰しもがやってしまうことです。

「あの人、悪口ばっか言っているよねぇ」

と言っている時点である意味、そこにはネガティブなエネルギー(要素)があるので、すでに自分が悪口を言っています。

悪口を言ったことがない人は、おそらくごく限りない人でしょうねぇ。

多分、人の悪口を言わないのは、天皇陛下ほどでしょう。

では、なぜ人は悪口を言ってしまうのか?

その意味を、今回は探っていきたいと思います。

そもそも悪口ってどういう意味?

もそも悪口と言っているその「悪」とは、あなたにとってどんな意味でしょうか。

誰かを侮辱する言葉が悪口なのでしょうか。

まずはじめに考えるべきなのは「悪とは何か」なのです。

悪口には二つの読み方があります。一つは「わるぐち」と読みます。そしてもう一つは「アク」とも読みます。そのまま悪は「あ」とも読みますし口も「く」とも読みます。

わるぐちとしての意味は、Wikiによると悪口とは、

悪口(わるくち、わるぐち)とは、他人のことを悪くいうこと、貶すこと、悪態をつくこと。

とあります。

要するに、悪口とは誰か第三者を下に落とす言葉、です。

ですが、この悪口の読み方を「アク」と読むとどうなるか?

と言うと、これはお鍋などのダシがたっぷり詰まった”アク”の意味にもなります。

お鍋のアクというのも、決して悪いものではないのです。捨てる必要はないのです。どちらでも食べられるのです。

つまり、悪口(アク)というものは、決して悪いものではないということ。

それは必ず出てしまうものであり、悪口という存在は、必ずしも悪いとは限りません。

悪口は悪いものではないのか。

ぜなら、その人は誰かを悪口を言うことで、みずから悪の因果を作り出して、みずから苦しんで、そこから大切な何かを学ぼうとしているのかもしれないのですから。

何か自分で痛い思いをすることで、そこから大切なことを学ぼうとしているのかもしれません。

それは、その人の魂のレベルであり、僕らにはどうこう言えるものではありません。

なので、そもそも悪口を言う人は嫌ですけど、必ずしも悪口は悪いものではないと思います。

必要だから起こっているのであり、それも大きな大きな神様の現れであり、僕ら人間がとやかく口を挟むものではありません。

じゃあ、なぜ人が悪口を言うのか?

なぜ人は悪口を言うのか?

なぜ人は悪口を言ってしまうのか?

単刀直入に言いましょう。

それは、

「その人自身の行(ぎょう)が出来ていないから」

なのであります。

魂が磨けていないからなのです。

要するに未熟だからなのです。(ごめんなさい…。)

でも、本当にそうなのです。

その人自身、まだまだ行を積めていないから、誰かを悪く言うことでしか自分を正当化できないのです。

いろんな経験をして、少しずつ悟れるようになってきたら、あまり悪口を言わなくなっていきます。

誰かを悪く言うのは、外でもない「私は未熟なのです!」と叫んでいるのと同じなのです。

裸の王様なのです。

行ができている人ほど、人の悪口を言わなくなります。

言わなくてもいいのです。

ですから、もし自分が誰かを非難したり下げる言葉を言っていることに気づいたら、すぐさま改めるべきですよね。

悪口を言うことほど恥ずかしいものはないのですから。

(ほんと、気をつけます。)

悪口を言われたらどぅーする?

に、もし誰かに悪口を言われたときは、どうすればいいのか。

確かに、悪口を言われていたと聞いたら、それこそショックですよねぇ。

特に、自分で勝手に信頼していた人が言っていた悪口を聞いた時には、それはもうねぇ。

あるいは、ネット上の掲示板などで、自分に関する悪口が書かれていた時には、、

しかも、それは誰が書いたのかも分からないなら尚更、ショック過ぎてもうそこに行けないですよね。

それで、自殺する人すらいますから。

なので、気持ちは痛いほど分かります。

ですが、僕の場合は悪口を言われすぎて、悪口を言われること自体に慣れてしまいました。笑

というのも、悪口を言われるには言われるだけのことをしてきたからです。

なので、今では誰かに悪口を言われたら喜ぶようになりました。

神道に関する筆の中で、

「悪く言われるとめぐり取って貰えるぞ。悪く言うとめぐり作るのじゃ」

というものがあります。

ここでいうメグリというのは、因果(いんが)のことです。

つまり、自分がした行いが、自分へと返ってくることをメグリと言います。

そして、誰かに悪口を言われることで、自分のメグリ(この場合は悪い因果)を綺麗に取ってもらえているということ。

だから、悪口を言われることは、実はとても良いことなのです。

前世でも、今生でも、自分が積んできたメグリ(悪の因果)を綺麗に取ってもらうために、起こっているのです。

これは本当にその通りなのですが、言われるには言われるだけのものが自分の中にあるのです。

悪口を言われて腹が立つ理由

そして、もし悪口を言われて怒ったり腹が立つとしたら、それこそ自分の行いができていないからです。

まだまだ自分が小さいから、少しのことで動揺し、腹を立ててしまうのです。

例えば、僕は車を運転している時に、後ろから煽られると非常に強い怒りが一瞬「ブワッ」と湧いてしまうクセがあります。

ですが、最近はそこですぐに整え、わざわざ相手の土俵に入って相撲を取る必要がなくなりました。

もしそこで腹が立って、怒りに任せて行動してしまうようなら、それこそ自分の修行が足りていないからです。

もっと大きな自分になれたら、誰かに悪く言われたり、煽られたりしたところで、全く動揺しなくなるでしょう。

例えば僕は仕事上、ネット上で僕のことを叩いてくる人たちがいました。

それこそ初めてネット上で自分の名前を挙げてディスってくる記事を見た時には、グサッと胸に突き刺さって、そこから怒りが猛烈に湧いてきて、

「こいつ、上等じゃねぇか」
「ぜってぇ許さねぇからな」

みたいに恨み初めて。笑

ですが、もう今はどうぞお好きに言ってください、という感じになりました。

もうそういうことでは、動揺しなくなってきました。

ほんと、楽ですよ、悪口を言われても付き合わなくなると。

ネットで悪口を言われようと、誰かから悪い言葉を聞いたとしても、そこに付き合う必要なんてないのです。

いやむしろ、それは自分のメグリを取ってもらっているのですから、喜びの出来事なのです。

メグリを取ってもらえばもらうほど、より大きな喜びをいただけるようになります。

悪いメグリがあるから、嫌なことが起こる。

でも、病気も怪我も、誰かからの悪口も、メグリを綺麗に取ってもらうことで、新しい大きな喜びを生み出せるようになっていきます。

ですから、病気も必ずしも悪いものではないのです。

そうすることで、メグリを取って、綺麗にしてもらっているのです。

悪口をいうと新たな悪因果を作る

して忘れてはならないのが、

「自分が悪口を言うと新たなメグリ(悪い因果)を作る」

ということ。

誰かの悪口を言うと、それだけみずから悪の因果を作り出し、結局、あとで苦しむのは自分です。

誰かの悪口を言えば、誰かに悪口を言われるのです。

この世は因果なのです。

もし、誰かに悪口を言われたとしたら、自分でも気づかないうちに、誰かを下げる悪口を言ってしまっているということ。

まずは、その事実を認めることです。

悪口を言われたとしたら、それこそ自分の今までの行動を反省することが大事なのです。

それでも、絶対に自分からは悪口を言わないように心掛けたいですね。

それも自分を高いレベルにしていくための修行の一つですから。

口ほど恐ろしいものはない

して、これは僕ら全員に言えることですが、口ほど恐ろしいものはありません。

というのは、言葉には本当に「力」があるからです。

言葉には、あなたが思っている以上に「力」があります。

だから、その力をどのように使うのか?です。

全ての現実は言葉から出来ているのですから、言葉から改めなければ現実は何も変わりません。

普段から考え、口にする「言葉」こそが、あなたを構成するものです。

ですから、まずは口を慎む意識を持ち始めること。これがすごく大事です。

僕自身、調子に乗るとすぐに余計なことを言ってしまうので、なるべく口を慎むようにと意識しています。

とにかく、「口」には現実を作り出す「チカラ」があるので、これは絶対に普段から良い言葉を口にしていくことを心掛けるべきですよね。

結論:悪口への対処法

ぁ色々と悪口について話してきましたが、結論、

・悪口を言われるのはメグリを取ってもらっている
・悪口を言ったら悪い因果をみずから作り出す
・悪口を言われたら自分の今までの在り方を省みる
・悪口に腹を立てるのは自分の行いが出来ていない未熟者

です。

そして、

『言葉には現実を生み出す力がある』

ということ。

だからこそ、何か悪い因果を作るような口は謹んで、できる限り行いを正しく、清い言葉を口にしていけたらいいですね。

これこそが、僕らの魂を磨く修行です。

では、ありがとうございました。

弥栄

西野ゆきひろ

 

みんなにも教えて喜ばせてあげよう!